2013年5月5日日曜日

現役通訳者が書評をしたら【9】『快楽上等!』

大学院へ「入院」していたころ、フーコーの『性の歴史 第1巻』をよく読んだ。正確には4度。3度は日本語で、1度は英語で。英語で読 んだのは自慢するためではなく(自慢にならないかも知れないが)、博士論文を書く資格をもらう試験で読まなければならなかったからである。

このフーコーの本は初めて文系で取り組まれた「性」についての硬派な本、と言ってよい。それまでは生物学、医学などの理系分野で扱われるのみだった「性」が、文系という学問の対象にもなる、「性」は歴史的に普遍ではなかった、ということが読んでみてよくわかる。フーコーはこう言った、近代社会は性についての言説が抑圧された(「抑圧仮説」)のではなく、言説が増大しそれが統制された、と。目から鱗である。

そんな統制に逆らうように、下ネタ学者の上野千鶴子(元トーダイの先生だ)と作曲家・湯山昭の娘である湯山玲子の対談集『快楽上等!』(幻冬舎)が上梓された。美魔女、女の女装戦略、マグロ化する男、リア充女、カツマー、女性の自慰、アンチ挿入主義、最良のセックス、加齢とセクシュアリティ、おひとりさま……と、ジェンダー・セクシュアリティ・ネタが満載。

こういうネタに嫌悪感を抱く人もいるだろう。 『あなたはなぜ「嫌悪感」をいだくのか』(原書房)を著したレイチェル・ハーツは、セックスは私たちの動物性を思い出させ、そして動物性は死につながるから嫌悪感を抱く、と述べる。 でも『快楽上等!』の帯にはこうある、「人生のキモチよさをあなたはまだ知らない」。私たちは快楽について何も知らないまま、嫌悪感だけを抱かさせられて死に向かっているのかも知れない。

いずれにしても「性」について「こんな見方があったのか」と気づかされるばかりの『快楽上等!』は、息もつかせない展開・対談で最初から最後までいっきに読める。

一つ気になったのは、たとえば「3.11以前と3.11以降の女のサバイバル術」のように、3.11以前/3.11以降という二項対立をつくり出していること。3.11によって何が変わったのか、何が変わらなかったのかについては精査が必要がある。被災地の1つである仙台出身者の僕にとってこれは切実は課題である。

『快楽上等!』、この本の書評の中で思い出すのは、その筆力に前々から目をつけていたキョンキョンが読売新聞に寄稿した書評。
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生き方の受験勉強
 まもなく47歳になる独り身の私は、これから先の人生をどう生きたらいいのか、もちろん考える。
 今のうちにたくさん働いて将来はみんなで一棟のマンションを買って助け合いながら暮らそうなんてことをよく女友達と冗談のように語り合っている。本当は結構本気だったりする。いつの間に私の将来から恋愛や結婚、即ち男の人の存在が消えてしまったのだろう。
 上野千鶴子さん1948年 生まれの社会学者。湯山玲子さん1960年生まれの著述家。ひと回り年齢の離れた女2人の対話は3・11から始まり、恋愛、結婚、快楽、加齢など私にとっ て興味津々の議題ばかり。それらの議題について思った以上に赤裸々に語り合う頼もしい先輩方。2人の会話に参加している気分で、そういう事だったのかと何度も頷(うなず)き、何度も痛い所を突かれ、最終的には頭の中がスカッとした。
 恋愛の先にはいつも結婚や 出産や家族という未来が見えていた。長い間その思いに捉われて生きていた。離婚を経験した私でもついこの間までそんな思いに揺れていた。やっと解放されたというのに今度はどこに向かっていいのか迷子のような気分だった。その原因がはっきりしたし、上野さんのいう「選択縁」「最後の秘境は他人」などの言葉に答えがあるのだと思った。仕事をしながら生きる女としての矜持(きょうじ)や美意識、何よりこの先を生きてゆくパワーが心にムクムク沸き上がるような気持ちになれた。人と話をするのは大切な事だと思う。自分ひとりじゃ辿(たど)り着かない方向に行き着くことが出来るのが会話なのだと思う。話す相手が自分よりも知識や経験が豊富だとより遠くの場所まで辿り着く事が出来る。実際、私は本を読んだだけなのだけれど結構遠くまで気持ちよく流されました。
 生まれて初めて教科書や参考書以外の本にラインマーカーを引きまくった。私の未来。新しい世界、新しい生き方への受験勉強をしているみたいで楽しかった。晴れて合格しますように。
http://www.yomiuri.co.jp/book/review/20130204-OYT8T00883.htm
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『快楽上等!』には既述のように下(シモ)半身ネタ満載なのだが、さすが元アイドルのキョンキョン、その辺りは「快楽」の一言で片づけてしまっている。が、いずれにしても、おそらく上野さんと湯山さんが一番読んで欲しかった層にキョンキョンがいることもあって、本書のメッセージはキョンキョンの心の襞に触れたようだ。

もしキョンキョンに会う機会があれば、彼女が本書から学んだ「新しい世界、新しい生き方」について聞いてみたい。僕には「快楽」についてもそっと話してくれるだろうか。

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